「炎上」中部博著 (文藝春秋 2100円)…史上最大のレース事故は故意か過失か?
「炎上」中部博著 (文藝春秋 2100円)
【書籍・書評】
日刊ゲンダイ2012年5月18日 掲載
<史上最大のレース事故は故意か過失か?>
1974年、富士スピードウェイで行われた「富士グランチャンピオンシリーズ」で、2人のドライバーが事故死するという悲劇が起こった。世界トップクラスのマシンを超高速で走らせる自動車レースには、死亡事故も起こり得るのが現実だ。日本でも有名なアイルトン・セナも、1994年にレース中の事故で亡くなった。自動車レース史上最大の死亡事故は、1955年のルマンで起きている。宙を舞ったマシンが観客席に突っ込み、ドライバー1人と観客81人が亡くなったのだ。
しかし、ひとつの事故でドライバー2人が死亡したレースは、富士を除いて世界にも例がない。しかも、この事故には警察が介入し、1人のドライバーを業務上過失致死傷罪の被疑者として書類送検するという、前代未聞の事態が起きていた。
事故は、まさか故意だったのか。日本レース界最大のタブーである事故の真相を、“生き残った”レーサーたちへの取材から解き明かしていく。
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「炎上―1974年富士・史上最大のレース事故 」中部 博著(文藝春秋社 2,100円)
日本レース界最大のタブーに挑む! マシン4台が爆発炎上、レーシングドライバー2名が事故死した未曽有の大事故。その真相を、生き残ったレーサーたちが赤裸々に証言。長年、封印されてきた真実が38年目に明らかになる!
1974年、富士スピードウェイで4台のマシンが爆発炎上、レーサー2名が焼死、観客6名が重軽傷を負うレース史上最大の事故があった。悲劇の舞台は、「富士グランチャンピオン・シリーズ」第2戦。スタート直後に先頭付近の2台のマシンが接触、1台がコースアウトして後続集団に激突して起きた多重クラッシュだった。しかし事件はその後、意外な展開を見せる。静岡県警が事故原因をつくったレーサー1人を業務上過失致死の疑いで書類送検したのだ。接触事故は、果たして故意だったのか、過失だったのか? 長年、日本レース界最大のタブーとされてきた大事故の真相を、ノンフィクション作家の中部博が関係者への丹念な取材で解き明かしてく。「魔の30度バンク」への先陣争い、喧嘩まがいのドライビング、ワークスチーム間の仁義なき争い、そしてレーシングドライバーという人生……。モータースポーツの光と影を描き切った、渾身のドキュメント巨編である。
内容
1974年6月2日、富士グランチャンピオン・シリーズ第2戦。スタート直後の多重クラッシュから始まった事故は、レーサー1名が書類送検、という意外な展開を見せる。接触事故は故意か、過失か?モータースポーツの光と影を描く傑作ドキュメント。
著者について
中部博
1953年東京都生まれ。週刊誌記者、テレビ司会者のジャーナリスト時代をへてノンフィクションを書きはじめる。一九七九年のデビュー作は編著書『暴走族100 人の疾走』、一時、執筆活動を断念。1988年F1グランプリを取材した『1000馬力のエクスタシー』でカムバック。代表作に『いのちの遺伝子・北海道大学遺伝子治療2000日』があり、同書は台湾・時事出版社によって中国語版が出版された。長編では伝記『定本 本田宗一郎伝』がある。
【書籍・書評】
日刊ゲンダイ2012年5月18日 掲載
<史上最大のレース事故は故意か過失か?>
1974年、富士スピードウェイで行われた「富士グランチャンピオンシリーズ」で、2人のドライバーが事故死するという悲劇が起こった。世界トップクラスのマシンを超高速で走らせる自動車レースには、死亡事故も起こり得るのが現実だ。日本でも有名なアイルトン・セナも、1994年にレース中の事故で亡くなった。自動車レース史上最大の死亡事故は、1955年のルマンで起きている。宙を舞ったマシンが観客席に突っ込み、ドライバー1人と観客81人が亡くなったのだ。
しかし、ひとつの事故でドライバー2人が死亡したレースは、富士を除いて世界にも例がない。しかも、この事故には警察が介入し、1人のドライバーを業務上過失致死傷罪の被疑者として書類送検するという、前代未聞の事態が起きていた。
事故は、まさか故意だったのか。日本レース界最大のタブーである事故の真相を、“生き残った”レーサーたちへの取材から解き明かしていく。
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「炎上―1974年富士・史上最大のレース事故 」中部 博著(文藝春秋社 2,100円)
日本レース界最大のタブーに挑む! マシン4台が爆発炎上、レーシングドライバー2名が事故死した未曽有の大事故。その真相を、生き残ったレーサーたちが赤裸々に証言。長年、封印されてきた真実が38年目に明らかになる!
1974年、富士スピードウェイで4台のマシンが爆発炎上、レーサー2名が焼死、観客6名が重軽傷を負うレース史上最大の事故があった。悲劇の舞台は、「富士グランチャンピオン・シリーズ」第2戦。スタート直後に先頭付近の2台のマシンが接触、1台がコースアウトして後続集団に激突して起きた多重クラッシュだった。しかし事件はその後、意外な展開を見せる。静岡県警が事故原因をつくったレーサー1人を業務上過失致死の疑いで書類送検したのだ。接触事故は、果たして故意だったのか、過失だったのか? 長年、日本レース界最大のタブーとされてきた大事故の真相を、ノンフィクション作家の中部博が関係者への丹念な取材で解き明かしてく。「魔の30度バンク」への先陣争い、喧嘩まがいのドライビング、ワークスチーム間の仁義なき争い、そしてレーシングドライバーという人生……。モータースポーツの光と影を描き切った、渾身のドキュメント巨編である。
内容
1974年6月2日、富士グランチャンピオン・シリーズ第2戦。スタート直後の多重クラッシュから始まった事故は、レーサー1名が書類送検、という意外な展開を見せる。接触事故は故意か、過失か?モータースポーツの光と影を描く傑作ドキュメント。
著者について
中部博
1953年東京都生まれ。週刊誌記者、テレビ司会者のジャーナリスト時代をへてノンフィクションを書きはじめる。一九七九年のデビュー作は編著書『暴走族100 人の疾走』、一時、執筆活動を断念。1988年F1グランプリを取材した『1000馬力のエクスタシー』でカムバック。代表作に『いのちの遺伝子・北海道大学遺伝子治療2000日』があり、同書は台湾・時事出版社によって中国語版が出版された。長編では伝記『定本 本田宗一郎伝』がある。




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