清志郎 写真ゼロ プレッシャー 陶芸…三浦友和(俳優)

【この人物のオモテとウラ】
清志郎 写真ゼロ プレッシャー 陶芸…
【芸能】
日刊ゲンダイ2011年11月29日 掲載
http://gendai.net/articles/view/geino/133926

「百恵の夫」からようやく独り立ち?

<三浦友和(俳優)>


画像


 主演映画「RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ」、自叙伝「相性」を結婚記念日に出版と絶好調だ。夫婦円満の秘訣を問われると、「相性です」。80年にスーパースター・山口百恵と挙式してから31年。主役から脇役まで幅広くこなすこの人の知られざるエピソードを紹介したい。





「相性」三浦 友和著(小学館 1,470円)


画像



相性
小学館
小学館

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 相性 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



 1952年1月、山梨県塩山市(現・甲州市)で生まれる。警察官をしていた父親が子供のために転勤の多い仕事を辞め、一家で上京。会社員として定年まで働く。小学3年の時に千代田区飯田橋に転居した。

 少年時代は転校で心がすさんでいた。東京の空気汚染で、呼吸器の病気を患う。

 忌野清志郎とは東京都立日野高校の同級生で、忌野が亡くなるまで親交があった。毎朝、多摩動物公園行きのバスで一緒になったことがきっかけで、初期RCサクセションのメンバーたちとも親しくなる。バックミュージシャンとして参加した時に、破廉ケンチと一緒に住んでいた。

 結成初期の「金もうけのために生れたんじゃないぜ」でボンゴ担当。当時のLPのクレジットタイトルに名前が明記されている。だが音源をチェックした忌野に「あいつ全然叩いてねぇじゃねぇか!」と失笑される。

 72年TBS「シークレット部隊」で俳優デビュー。タレント活動をしていた実姉の影響で放送局等へ出入りするうち、映画のオーディションを受けるようになる。74年、山口百恵の相手役に選ばれ「伊豆の踊子」で映画デビュー。以後、共演作12本。75年「赤い疑惑」(TBS)などドラマでも共演。1年のうち10カ月間も撮影で一緒になるうちに恋愛感情が芽生え、プロポーズも撮影現場だった。

 結婚生活のイメージが、芸能人同士の共稼ぎ婚だったが、百恵から「結婚したら仕事を辞めるつもり」と言われて、初めて責任感を自覚したという。

 猛烈な取材攻撃をかわしながら、ハワイへ新婚旅行。カメラを持っていくのを忘れたため、プライベート写真は一枚もない。

 結婚後は仕事が激減。貯金を切り崩してマンションのローンを払った。「百恵の夫」というプレッシャーを消化できず、卑屈な顔になる。ある人から「人生ダメな時ほどいい顔をしなきゃいけない」の一言で発奮した。

 相米慎二監督の「台風クラブ」(85年)のダメ教師役が転機。リハーサル中、監督の「振り向いたシーンが三浦友和なんだよな~」のダメ出しに、役柄を考え抜いた過程で「これまで背負っていた余計なものが落ちていった」。

 かなりの酒好き。飲むと「おちゃめになる」(「台風クラブ」共演の小林かおり談)。

 百恵とは趣味が一緒で映画観賞と旅行。旅行先でバレないのか? 10年前に始めた陶芸は、自宅に電気の専用窯を備えているほどの入れ込みよう。近々、百恵と共に、陶芸作品をチャリティー販売の予定だ。 .

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック